「東日本大震災下の動物たちと人間の記録」の紹介

アグリネイチャースチュワード協会が昨年7月に訪問した東日本大震災地の岩手県岩泉町中洞牧場の被災記録も掲載された、養賢堂出版「畜産の研究」誌2012年1月特集号「東日本大震災下の動物たちと人間の記録」(松木洋一編著)が注目されています。刊行されてから1ヶ月間で特集号は完売になり、現在単行本化が進められているほどだそうです。

特集号は3ヵ年プロジェクトの第一次報告で、プロジェクトの焦点は、家畜、ペットなどの人間の管理下にある動物と野生動物を含めた多様な生物生態系がこの大震災によって人間と同様におびただしい被災をうけたという事実を記録することに置かれています。とくに飼育者とともに市民が、自分の命が危険にさらされている状況下において、どのように飼育管理の維持行動をとったのか、どのように動物たちの救護活動に立ちあがったのか、また結果として起きてしまった動物たちの犠牲などの被害の実態を明らかにすることが目指されています。家畜の飼育者である農業者の被害を対象に、人と家畜の生命の危機とともに、家族や生活全体での被災、農業経営の損失、地域農業と農村コミュニティの崩壊にかかわる範囲が記録の対象となっています。

特集は2つのパートに分けられていて、第一部は放射能汚染の被害について、第二部は津波の被害についてです。第一部では執筆者の活動の内容に即して、【警戒区域内の動物の救援活動から】、【牧場から】、【消費者から】、【研究者から】の4つに分類されています。第二部においては、コンパニオンアニマルとしての馬と犬の救護活動に関わった報告と地域農業および農業経営についての被害調査研究の報告がなされています。

福島原発事故の放射能汚染の被害が、いかに飼育者とその家族、農村コミュニティに壊滅的な打撃を与え、家畜の命と健康に被害を及ぼしているかが各報告によって生々しく叙述されています(とくにマスコミには出されない写真が公開されています)。この惨事を乗り越えるために必要な人間の行動がどうあるべきかという「原子力発電と人間社会」の問題が事実として問いかけられており、そして今後長期にわたって取り組まなければならない問題解決のための将来構想案が研究者と牧場経営者から提起されつつあります。この問題は日本だけではなく、25年前に起きたチェルノブイリでの原発事故がヨーロッパの広い範囲で現在もなお重い影響を与えていますので、その現状と対策がいかに取られてきているかの情報が提供されています。

津波被害の調査研究では、津波によって直接的な損壊と浸水にあった地域での施設園芸経営、養豚経営を事例として、その農業経営者への聞き取りと農業センサス「津波被災農業集落」の分析をとうしてコミュニティの崩壊と再建のきざしを取り上げています。

これらの報告のなかで注目されるべきテーマは多岐に上っていますが、とくに放射能に被災した飼育者と家畜の救助をめぐる問題が重要視されています。放射能の線量が高い地域である原発から20km圏内の警戒区域と計画的避難区域では住民・飼育者には強制的に退去がすすめられましたが、同時に区域内で飼われ、放射能被曝にさらされていた動物たちに対する移動対策がとられませんでした。その無策が今日まで続き、今後の対策についての検討も混迷の中にあることが最大の問題であると指摘されています。

4月5月の段階で政府は放射能汚染からの動物の救護政策を放棄し、安易な「安楽死」という方針をとったと言わざるを得ないと指弾しています。そしてこの政策の枠内で諸構想や計画が進められていますが、他方では今なお「安楽死」対策を拒否して家畜飼育を続けている農業者が少なからず存在することを高く評価しています。

現在、区域内で生存している家畜とペット、野生動物は放射能の被曝をうけているのであり、人間と同じようにその命と健康への危害を可能な限り取り除いていく努力が不可欠であり、再度、移動事業を含めた諸対策を検討し直すことが重要であると訴えています。

是非ご一読されることをお薦めします。

Written by admin on 2月 5th, 2012

阿蘇の草原で自然共生農業の新たな活動が始まっている!

熊本県阿蘇地域では、牧野組合や阿蘇グリーンストックなどの活動を基盤として、自然再生推進法の適用を受け2005年に阿蘇草原再生協議会が設立され、千年の歴史をもつ草原の生態系の劣化と景観の劣化という危機に瀕している阿蘇の草原を再生する構想を策定している。阿蘇草原再生協議会は、地元の34牧野組合、地元住民、専門家、企業、自治体など多様な実施主体が連携し、協働して阿蘇草原再生の目標を達成することを目的に組織化されている。目標は、「草原の恵みを持続的に生かせる仕組みを現代に合わせて創り出し、かけがえのない阿蘇の草原を未来に引き継ぐ」として、そのめざす姿を「暮らしに恵みをもたらす草原;地域の人々の生活と草原が密接に関わり、草原の恵みを持続的に享受出来る仕組みが動いている」と「人と生き物が共生する草原環境;盆花に象徴されるように、多様な動植物が育まれる豊かな草原環境が保たれている」の2つを描いている。分野別目標の中に「野草資源でうるおう農畜産業の再生」の分野が設定され、とくに「牧野利用と多様な形での維持管理の促進」がある。その取組の主体は牧野組合であり、環境省との協働で「野草地環境保全計画(牧野カルテ)」の策定が2006年から始まっている。牧野カルテの策定は、牧野内の主な植物分布、生息環境、過去からの存続状況、牧野内の地名、及びその由来、現在及び過去の牧野利用管理状況などについて組合員も参加して調査把握し、組合員の世代交代によって失われつつある牧野の情報を伝承していく機会となる意義が大きい。計画策定も含めて5カ年間かけて環境省で実施できる牧野管理省力化事業を実施し、実施過程とその後の生物多様性保全の効果を検証するモニタリング調査を行うことになっている。2009年度までに14牧野組合の牧野カルテが策定され、今後毎年3牧野組合を策定する方針である。

このような自然再生事業は、牧野組合が畜産生産手段としての採草放牧地の管理利用だけでなく、牧野の有する多面的機能を経済的に実現する経営体として成長し、いわば地域資源を活用して地域全体に利益をもたらす核となるいわば「地域利益経営体(会社)」へと変革していくシステムをつくることにもなる。

阿蘇草原再生協議会はこのような支援事業を強化するために、2010年3月に阿蘇草原再生募金を創設し、2013年までに1億円を一般市民、企業団体、観光客から募り、草原維持管理の人手不足を補う支援ボランティア派遣活動、牧野内の希少種、草原性動植物の生育保護活動、地元の小中学生などを対象とした草原環境学習活動など草原環境の保全再生に求められている緊急性の高い活動を支援することに目的がある。この募金運動で注目されるのは、牧野・草原を牧野組合の入会的利用の限界を越えて、牧野を「新たなコモンズ共有地」として幅広い市民と企業との共同事業によって管理利用していこうとする視点があることである。

詳細は、養賢堂月刊誌「畜産の研究」2011年10月号・11月号・12月号に『松木洋一「最近の牧野組合の入会的利用の動向と経営再建~「市民パートナーシップ入会権」論の検討~」』として連載されていますので、ご覧下さい。

Written by admin on 1月 11th, 2012

EUオランダの農業者による農業自然管理システム

Agricultural Nature Management System by Farmers in EU and the Netherlands

松 木 洋 一

Yoichi Matsuki

日本獣医生命科学大学 名誉教授(農業経済学)

要 約

EUオランダの自然は、原生的自然ではなく、数千年にわたる農業活動によって造られてきた“農業自然”である。それゆえ、ヨーロッパでは農業者に農産物の生産機能とともに農村景観と生物多様性を保全する機能を評価して、その持続的発展のための補助政策を強化している。本稿ではとくに生物多様性を保全する共通農業政策CAPの最近の動向を検討し、政策の新しいコンセプトである「高い自然価値High Nature Value(HNV)」を有する農業システムの実態についてオランダを事例として論じる。オランダでは農業者による農業自然協同組合が多数形成されており、“自然のための農業”を未来モデルとするパイロット的活動が開始され、農業自然を管理する活動に応じた直接支払補助金制度が拡大している。イギリスにおいても環境スチュワードシップ事業(Environmental Stewardship Scheme)が進展するなど、EU全体に自然管理農業が発展している。

キーワード;農業自然 生物多様性保全 高自然価値 自然管理農業

1.はじめに

“ヨーロッパには自然がない”と言われる。あるのは数千年もの間行われてきた農業活動によって形づくられた「農業自然」である。それゆえ、われわれが生物多様性を論じる場合、その対象はごくわずかに残されている原生自然ではなく、農林業者ないし土地所有者が管理してきた農地・農村空間における生物多様性である。

本稿では、農業者が食料を供給するという社会的活動によって、いかにヨーロッパの自然を利用し、ある時は破壊し、そして現在では再生をはかり、将来の新しい共生システムを構想しているかを検討する。

欧州連合EU27カ国では、この人間と自然の関係性を強く自覚した議論が長年にわたって行われ、その成果が政策理念に反映してきた。しかし、加盟国の間にはその社会の歴史と農業構造の相違によって、農業者による生物多様性の保全管理のシステムに大きな違いがある。EUの生物多様性保全システムの現状と政策を把握するためには、EUの政策をリードする先進的な加盟国の影響を分析することが有効である。イニシアチブを持つ国としてはオランダとイギリスがあげられるが、本稿ではイギリスからも注目されている1)新しい社会的企業であるオランダの農業自然協同組合による自然管理システムを中心に考察する。

オランダは、EU諸国の中でも日本と農業生産力構造が大変類似し、農薬・化学肥料・輸入飼料に依存する高度集約的な農業が行われてきた。それだけ環境汚染が進行してきた国であるが、1970年代後半から市民と政府が共に農業と自然・景観保護にかかわる矛盾を正面から取り上げ論議し、その反省を土台に解決の努力を精力的に進めている。農業者自身が自然豊かな農村景観の維持創造とともに、生物多様性の保全のために農場内にビオトープの創設や渡り鳥の季節生息地保護のための農法を採用するなどの「自然管理協定Beheersovereenkomsten」を政府と締結、さらには地域でネットワークをつくり、農業自然協同組合の組織化へと進展している。この自然管理農業は2006年から新たな段階に進み、「自然のための農業”Boeren voor Natuur”」のパイロット事業が開始されている。

2.EUの農業者による生物多様性保全の論理

(1)「高自然価値」概念の採用

(2)農業者による自然管理農業

(3)イングランドにおける新農村開発政策と環境スチュワードシップ事業

3.オランダの農業自然管理政策と生物多様性・景観管理の発展

1)オランダ農業・環境問題

2)オランダにおける農業環境政策の推移

(1)高度集約的農業から自然管理農業への転換

(2)農業自然「管理計画」の開始

(3)「自然のための農業」への前進

3)自然管理協定のシステム

(1)農業自然管理協定システムの特徴

(2)最近の農業自然管理事業の動向

4)地域農業自然の担い手としての農業自然協同組合の進展

(1)農業自然協同組合ANVの形成

(2)ANVのシステムの特徴

5)新しい農業自然管理パイロット事業「自然のための農業“Boeren Voor Natuur”」

4.日本の農業者による生物多様性保全システムと農業農村環境政策の課題

全文閲覧をご希望の方は

日本獣医生命科学大学研究NO.59 2010 CD-ROM版(近刊)をご覧下さい。

http://jisvr02.nvlu.ac.jp/mylimedio/search/magazine.do?nqid=3&mode=simp&database=local&searchTarget=MG&queryid=2&position=1&bibid=18307&detailCategory=magazine

Written by admin on 12月 14th, 2010