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楽農通信 No.59   no comments

今年は冬の雪不足、春から夏の雨不足と、ずっと水不足に泣かされてきたのだが、秋になって一転、大雨、長雨となって田んぼが乾かない。

周りの田んぼは大型の機械で少しぐらいぬかっても平気で刈っていくのだが、我が家の小さなバインダー(刈って束ねる機械)ではぬかってしまって動けない。

ようやく晴れの日が続くようになって10月15日に稲を刈り、22日に脱穀をした。いつもの年の半月遅れの作業となった。

幸い、両日ともに秋晴れに恵まれて、サワサワという乾いた稲束の音が心地よい。米作り農家にとって稲()きが済んだときが一番の安堵(あんど)の時だ。

もうお天気のことを心配しなくてよくなるからだ。作柄もほどほどだった。

気分がいいので、近所に住んでいる子供や孫を呼び集めて祝宴を開いた。

この辺りではこの祝宴のことを「()(ばし)上げ」と呼んでいる。箸のようなものに稲穂を挟んで(もみ)を落とす道具(()(ばし))を片付けるという意味だ。

この時期になると共同浴場などで男衆が「おらうちゃ(我が家は)今日、()(ばし)上げだ」などと上機嫌に話をしていたのを思い出す。

今では米作り農家も減って、我が家がこの村で唯一の米作り農家となった。

 

楽農園

201611111楽農園は平成2年から、なるべく「自然に近いリンゴ作り」(無肥料、無農薬)を目指して始めた山際の20aほどのリンゴ畑のことだ。

 

山の木はしっかりと自分で生きている。「リンゴの木だって少し頑張れば自立できるのではないか」との思いから、どうにも試してみたくなり、前の年まで普通に農薬を散布して、普通に肥料をまいて、普通にせん定・草刈りをして、普通のリンゴを作っていたのだが、楽農園に関しては、そのすべての作業をやめた。

 

 

 

201611112 早生種の「つがる」は、収穫前の落果防止剤という農薬を散布しなかったので約半分のリンゴが収穫前に落ち、残りの7割がリンゴの中を食い荒らすシンクイムシの被害にあった。

 

それでも食べられそうなものもあったので、近くの市場に出してはみたが、見てくれの悪さから二束三文。残ったものを何とかさばこうと、知人に書いた手紙が「楽農通信 №1」。

そのまま続けられるとは思っていなかったので、№1とは書けなかった。

2年目からは、シンクイムシの被害を防ぐために一つ一つのリンゴに袋を掛けた。

袋のおかげでシンクイムシの被害はほとんどなくなり、リンゴの病斑も無くなってグンと見栄えが良くなった。

とはいえ、葉っぱが病気や虫で弱っているので、新しい枝は伸びないし、リンゴは「お山の木の実」のように小さくて、味もいまいちだ。

「つがる」の枝が、少し伸び始めるようになるまでに10年がたった。

その間に「ふじ」の木はすべて弱って枯れた。

雨が多いと病気が出るし、日照りが続くと虫が増える。

年によって作柄はまちまちだが、ここ数年は一人前のものが取れるようになってきた。変わらないのは収穫前の落果。今でも半分は落としてしまう。

毎年々々、花を摘み、摘果をして、袋を掛けて、ただ見守ってきただけなのに、少しずつ何かが変わって、いいものが取れるようになってきた。

無農薬栽培が品種によっては可能なことが分かってはきたが、晩生(おくて)のモモと、楽農園つがるの収穫時期が少し重なっていて、体にこたえるようになってきた。

 

 

「私たちは、今や分かれ道にいる。どちらの道を選ぶべきか、いまさら迷うこともない。長いあいだ旅をしてきた道は、素晴らしいハイウェイで、すごいスピードに酔うこともできるが、私たちはだまされているのだ。その行き着く先は災いであり、破滅だ。もう一つの道は、あまり人も行かぬが、この道を行く時にこそ、私たちの住んでいるこの地球の安全を守れる。そして、それはまた、私たちが身の安全を守ろうと思うならば、最後の、唯一のチャンスといえよう。とにかく、私たちはどちらの道をとるか、決めなければならない。」(レイチェル・カーソン著「沈黙の春」17章 「べつの道」の一節より)

 

こんな文章を読むと、また、「グラッ」としてしまうのだが、ここへきて、諸々衰えて「べつの道」ではない「その道」を選ぶことになった。

長らく続けてきた楽農園を、今年で閉園することにした。

楽農園のリンゴを長きに渡って支えてくださった方々にお詫びと感謝を、また、共に落ちたリンゴを拾い、残ったリンゴをさばいてくれた、上さんに感謝。

本当にありがとうございました。

普通栽培のリンゴやモモは、今までどおりに続けますので、引き続きよろしくお願いいたします。

201611113

Written by support on 11月 11th, 2016