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中洞牧場視察と東日本大震災地での農業農村問題対話会   no comments

Posted at 3:51 pm in ツアーレポート,清水玲子

「中洞牧場視察と東日本大震災地での農業農村問題対話会」(2011年7月16日〜18日)ツアーレポート

報告者:清水玲子

理事長の松木教授によれば、2010年は宮崎で発生した口蹄疫の影響で、2011年は東日本大震災発生のために、2年続けてビジネススクールが中止となり、そのために視察・研修や修了生訪問ツアーなどのも行われてこなかった。また、大震災発生以来、なかなか被災地に足を踏み入れることができなかったが、当協会や農業と動物福祉の研究会などでともに活動してきた中洞牧場の中洞さんから、とにかく被災地の現状を見てほしいという提案もあり、今回の中洞牧場視察&農村問題対話会を企画したとのことです。中洞牧場は、先進的にアニマルウェルフェア(家畜福祉)と自然と共生する山地酪農に取組んでおり、視察・研修には絶好の場とのことで、ツアーは、①中洞牧場での自然と共生する山地酪農の取組み視察、②岩手県三陸地域の震災被害地の農業者との対話会、③三陸海岸被災地への視察、に三つを柱に行われました。


[第1日目:7月16日(土)]

板垣、森田、矢崎、清水は12時頃仙台駅に集合。夏休みに入った直後の連休で、被災地の家族のもとに帰省する人やボランティア活動に参加する人などで新幹線は朝から大混雑でしたが、なんとか席を確保して仙台駅に着くことができました。仙台駅からは、松木教授の自動車に同乗して北上、岩手県遠野市から三陸海岸沿いの国道45号線に出て、被災地の釜石市、大槌町、山田町、宮古市を通るルートで岩泉町の中洞牧場を目指しました。途中通過した被災地では、頑健な鉄筋コンクリートの建物がわずかに残るだけで、住宅などのほとんどの建物が津波によって破壊され、流されてなくなっており、まだまだ瓦礫が散乱していました。山田町などでは、震災から4か月が経ってようやくスーパーが営業を再開していましたが、食料や水などの必需品の不足は続いていました。 夕方、日も暮れかかった5時頃に中洞牧場に到着し、永松美希教授、日本獣医生命科学大OBの井出さんたちと合流しました。 夜は、中洞牧場の研修スタッフ、中洞牧場をサポートするIT企業のリンクの社員に、岩手大学の岡田啓司准教授や学生たちを交えてバーベキューの食事会。牧場研修スタッフが準備してくれたおいしい食材を頬張りながら、それぞれが熱い思いを語り合うなど、夜が更けるまで歓談しました。


[第2日目:7月17日(日)]

牧場の研修スタッフが作ってくださった朝食は、研修スタッフが栽培した新鮮な野菜と搾りたての牛乳、ヨーグルト、おいしい漬け物などがたくさんあり、食がどんどん進みました。スタッフの皆さん、ありがとうございます。朝食の後は、牧場視察に。 <AM:中洞牧場視察>

エコロジー牛乳 中洞牧場の入り口。 完成したばかりのミルクプラント。 炭焼き小屋と森で間伐した材木。  16haの森林の間伐材を保存しやすい「炭」に。80才の炭焼き名人が技術伝承をしています。
エコロジー牛乳 中洞牧場の入り口。 完成したばかりのミルクプラント。 炭焼き小屋と森で間伐した材木。 16haの森林の間伐材を保存しやすい「炭」に。80才の炭焼き名人が技術伝承をしています。
牛たちは思い思いにこの傾斜を登ります。 ミルクプラントの向こうには、山々と隣の牧場が。 森の緑と野芝が緑は美しい!  牛が食べた後の野芝は強くなるらしく、牛が食べる量=頭数と土地の面積のバランスが合っていれば永久に健康な草地となるそうです。
牛たちは思い思いにこの傾斜を登ります。 ミルクプラントの向こうには、山々と隣の牧場が。 森の緑と野芝が緑は美しい! 牛が食べた後の野芝は強くなるらしく、牛が食べる量=頭数と土地の面積のバランスが合っていれば永久に健康な草地となるそうです。
IMG_8309 IMG_8309 左の写真の緑の森は、もともとこうではなく、右のように鬱蒼としていました。しかし、牛はすいすいと鬱蒼とした草の繁みのなかに入って好きな草を食べます。
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牛が草を食べて、人が入れるようになると間伐ができます。 間伐をした森では木陰ができて、牛も人も通れるくらいになっていました。外からは、左の写真のように森に見えたけれども、森の中の木陰は涼しい風の通り道になっていました。健康な森では、うっすら日差しが地面に届くそうです。
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中洞さんによる多様な草の説明。 切株のわきから新芽(ひこばえ)、どれを残したらよいかを判断します。 日本固有の「日本蜜蜂」が集めた蜜を少しなめました。
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急傾斜の斜面で、伐採した材木を選別しています。伐採した材木を同じ長さに切ることも経験がなせる技。また、この斜面での作業も経験がものをいう。作業している人は、なんと80歳で現役だそう。この方が炭焼き名人です。 伐採された材木は、同じ長さに切り揃えられて、きれいに並べられていました。
IMG_8332 IMG_8336 左の写真の、外樹皮を剥かれて黄色の内樹皮が出ている木はキハダ(黄檗)とで、この黄色い内樹皮の部分が漢方薬(胃腸薬)原料の生薬になる黄柏(おうばく)だそうです。森の木々や下草にはいろいろな効用がある成分が含まれているのだろうと察しながらも、素人の私には名前を聞いて「なるほど!」と思うのがやっと。きっと私のような素人はたくさんいることでしょう。草や木々の効用、急斜面の作業の意味を聞き、もっと森について知りたいなあと思いました。
IMG_8337 IMG_8339 木陰の道を歩いて森を抜けると、野芝の説明になりました。 「根っこがぶあつい、だから地盤がしっかりする」。納得です。
IMG_8340 IMG_8354 大活躍の牛たちのご紹介です。ホルスタイン、ジャージー、その雑種などおよそ80頭。すべてに名前がついていて、研修スタッフのなかには、その名前をすべて覚えている女性がいるそうです。牛種の見分けだけでなく、体つきや表情から個々の名前で呼ぶことができるとのことで、毎日大事に育てているからこそできるのでしょうね。
この緑の美しい景観をつくっているのは、地中深く根を張る野芝だそうです。
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IMG_8345 牛たちは、思い思いに駆けているように見えますが、実は群れで行動しています。
IMG_8343 IMG_8344 スタッフが棒などを持って誘導することもあります。わたしは牛のそばに佇んで見守りました。
IMG_8352 IMG_8353 足場が悪そうなところでも牛は平気で登ります。
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野芝に覆われた山を駆け上がる牛は美しい! ずっと見ていても飽きません。 中洞牧場の搾乳場。
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搾乳場のまわりで牛たちはブラブラしながら搾乳を待ちます。母牛のそばに子牛がいます。 中洞牧場の1日の牛乳(原乳)生産量は150~200リットルとのこと。20頭の搾乳牛がいるそうだから1頭当り10リットルぐらいというところでしょうか。
IMG_8290 IMG_8291 牧場のすぐ隣には、研修スタッフの人たち作物栽培をする畑があります。いろいろなタイプの畑があり、左の写真のこように畑の隅をアール状にして、角にしない畝のつくり方は、シュタイナー方式(バイオダイナミック農法)とのことです。

<PM:被災地「田老地区」の視察> 午後からは、中洞さんのご案内で津波による大被害を受けた宮古市田老地区(旧田老町)の港に行きました。

IMG_8361 IMG_8363 高台から下りて来た道路脇の見えやすい場所に、1933年(昭和8年)の三陸大津波はここまで来たと書かれた表示看板が設置してありました。今回の大津波も同じ場所まで来たそうです。看板の向こう側、かなり奥のほうに民家が確認できますが、看板の手前は津波で住宅が根こそぎさらわれ、建物の基礎部分しか確認できませんでした。
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堤防の内側まで津波が入り、建物の基礎以外のものがすべて失われました。
IMG_8387 IMG_8381 新しい堤防は壊れて、ところどころ分断されています。壊れた堤防の断面をみると、構造上の強度に疑問が感じられます。一方、昭和8年の三陸大津波の後に築造された古い堤防はしっかりとその形を残しています。新しい堤防は、設計や施工上の未熟さを感じます。
IMG_8380 IMG_8383 古い堤防の上にあった街灯は根元から曲がっていましたが、堤防そのものは壊れていません。
IMG_8384 IMG_8385 穏やかな海。近くにいた地元の人に、「魚は捕れますか?」と聞くと、「海のなかには瓦礫がたくさんあり、まったく取り除けていないから、漁をするまでにはまだまだ時間がかかると思う」と。地上にも瓦礫やら廃車の山がありました。
IMG_8396 IMG_8397 新たな堤防を造ったため、波の方向が変わり、昭和8年の大津波とは違ったところに被害が出たそうです。自然の大きな力を構造設計だけで防ぐのは難しい。しかし、それを「想定外」とすることではすまされない現実を知り、多様な想定が土木工事の現場では重要な視点であることを学びました。一方で、それでも完璧ではないので、被害を防ぐことができるあるいはできないかは、各自の知恵と経験で切り抜ける人間力が違うのかなと、きれいな海を見ながら自問自答しました。
IMG_8400 IMG_8401 宮古の海は、あの大災害を忘れたかのように静かで穏やかでした。
IMG_8405 何ともいえない気持ちで、入道雲が浮く高い空を見上げながら中洞牧場に戻りました。

<夜:農村問題対話会>

*参加者: 松木、永松、矢崎、森田、板垣、井出、清水(記録)および中洞さん、中洞牧場研修生スタッフ複数名、高家さんご一家、松坂さん親子、合砂さん

*中洞牧場の搾りたて牛乳、高家さん自家製のおまんじゅう(あわ・きび・南部小麦粉)をいただきながら会が始まりました。また会の途中で板垣さんが生産した本場山形(鶴岡)のサクランボが届き休憩時間にいただきました。

初めに、松木教授から自己紹介と本日の対話会のテーマについて、「今日本の農村は人口が減少し、耕作放棄地・放棄牧野が増えて農村のコミュニティ崩壊がどんどん進んでいる。この崩壊する農村の再建をいかに行なうか。具体的には「自然と共生する農林漁業と動物福祉」という観点から、日本の農村・農業のあるべき姿を議論したい」というお話があり、参加者より各自5〜10分程度の自己紹介がありました。

地元岩手の参加者の高家さんご一家は葛巻町で「森のそばや」を運営されており、毎日水車でゆっくりとそば粉を挽いているので、1日に30kgしか挽けないそうです。地元のおばあちゃんたちが和菓子など地域の特産食材でさまざまなものをつくり、売上が年間1億円にもなって、全国から行政や学生の視察、子どもたちの遠足などがあり、団体客も多いそうです。 岩泉町の安家(旧安家村)から参加された合砂さんは短角牛(日本短角種)の生産者、牛の蹄を削る削蹄師で、スローフード岩手の会長を務めておられ、三陸の津波被災地で不明者の捜索や遺体の回収の活動もされてきたそうです。短角牛の放牧で知られる久慈市山形村から参加の松坂さんは、放牧畜産の研究者で松木教授と旧知の方で、娘さんと駆けつけてくださいました。中洞牧場代表の中洞さんは山地酪農の普及により100年後の森林をつくるために自然に放牧されて育った牛が産み出す健康な牛乳を生産・出荷するためのミルクプラントを建設、若い研修生らを育成中です。

参加者はみな、自然と共生する農業を実践している農業者や、自然環境の保全、環境によい安全な食の流通に携わっている人やそれを研究テーマとしている学識者などです。私は都市部で狭い土地を有効活用する高層の分譲マンション造りをやっているので、このなかでは異色の経歴でした。

皆さんの自己紹介が終わって、休憩をはさみ、松木教授の問題提起と講義が始まりました。内容は、農村コミュニティの現状と20世紀の農業の反省と課題、これからの農業のあるべき姿です。

松木教授は、近代農法の限界を指摘し、自然と共生し生物多様性を保全する農業(自然共生農業)への転換の必要性を強調しました。また、飼料を輸入して大量生産をする従来の加工型畜産はすでに限界にきており、家畜福祉畜産への転換が必要であるとも述べました。家畜は感情を持ち、ストレスを感受する生命存在であるからストレスによって免疫力が低下し、免疫力の低下が家畜の健康を損ない、環境や人間にも大きな影響を与え、それが世界的に問題になっています。
だから、家畜にストレスを与えない育て方をすることがとても重要で、家畜福祉(アニマルウェルフェア)の「5つの自由」を実現することが大切といいます。EUではすでに家畜福祉に配慮した商品がWQラベルを貼付されて巨大スーパーチェーンなどでも販売されてマーケットが広がっているとのことでした。消費者が家畜の飼育方法の違いによって環境や食の安全に大きな影響があることが気づいたというわけです。
自然と共生する農業に関しては、EUでは生態系を保全する農業技術を基本にして持続的に生産する農業システムの構築が進んでおり、オランダでは「自然のための農業」として農薬や化学肥料はもちろん、有機肥料さえ使わない無肥料栽培(no input farming)を実践する農場に助成金の直接支払いが行われているそうです。また、イギリスでは環境保全基準に適合する農業者と土地所有者への直接支払い制度があり、East Brook Organic Farm(農地面積535ha)では年間総収入のうち65%が農業収入で、35%が助成金だそうです。 長野県飯島町では1000haの農地で自然共生農業化の試みが行われており、住民共同出資による4つの生産法人(農環境サービス会社)が設立されているとのことです。 松木教授の講義の後は懇親会で、お酒と会話を楽しみながら閉会しました。

<対話会を終わっての感想>

私はおよそ20年間にわたって分譲マンション事業に携わってきました。日本は森林面積が約7割も占めるにもかかわらず、都市部の狭い土地の活用が加速度的に進んだために、地方の人口は減少して都市部の人口が増加し、偏った状況になっています。都市農村格差が広がるまま、平成11年ごろの小泉政権での規制緩和で都市部には超高層ビルがさらに増加しました。私には、このまま都市部で豊かな暮らしが続くのだろうかという不安や疑問があります。 都市部の食糧自給率はほぼゼロ、首都圏近郊農家や東北地方の農家の生産なしには、食べられない首都圏民がほとんどです。さらに、原発事故によって首都圏は東北からの電力で生活してきたことを知り、今後エネルギーも含めて都市部の暮らし方がどうなるのか、都市と農村との交流のなかで豊かな暮らしとはいかなるものなのかなど、土地の活用の仕方や土地活用と人の暮らしのあり方についても自然共生農業からも学ぶべきことがありそうで、自然共生型の暮らしを探ることで、豊かな暮らしが見えてくるかもしれないと感じました。 また井出さんから、松木教授や永松準教授が専攻する農業経済という分野が社会科学系の学問と教えていただき、大発見でした。私も同じ経済学で数年前に経済学研究科公民連携専攻の修士論文を書いたにもかかわらず、何かが足りないと感じていましたが、その足りないもののヒントが農業経済のなかにあるように感じたからです。土地活用やまちづくり、とくに被災地の復興後のまちづくりは、まちづくりの専門家よりも自然共生型農業の専門家による「景観」「産業」「自然保全」「生物保全」「動物福祉」、そしてそれらの前提となる産業全般(農業・林業・水産業・加工業など)と雇用という観点が重要で、都市型のまちづくりの発想ではないと思うからです。


[第3日目:2011年7月19日]

<短角牛の里、久慈市山形村訪問>

岩泉町の中洞牧場を出発し、岩手県北部の久慈市山形村を訪ねました。山形村は短角牛の放牧飼育で知られ、有機食品流通の草分けで、有機食品業界のリーダー的存在でもある「大地を守る会」と30年以上にわたって提携している地域で、生産する短角牛肉の7〜8割ぐらいが大地を守る会に出荷されているそうです。

大地を守る会のイベント「短角牛の里と都市を結ぶ集い」に途中から参加。短角牛のもつ煮込み、手づくり豆腐、おにぎり、アイスクリームなど盛りだくさんの地元食材をいただきながら、会員さんたちはみな大満足のようでした。私たちもおいしい地元料理を振舞っていただきました。(うまい!!) 地を守る会代表の藤田さんがこの地域のご出身とのことで、短角牛のふるさとを訪ねるツアーは、もう30年も継続しているそうです。これからも続けてほしいですね。 そして、短角牛生産者の落安さんにご案内いただいて、いざ短角牛の放牧場の視察に!!

山の放牧場は1か所が70ha以上もあり、とても広いので、いつでも牛と出会えるわけではなく、このときも3か所を巡ってようやく牛の群れに出会えました。雄牛を中心に母牛、子牛まで、たくさんの牛がひとかたまりの群れとなって草を食べながら放牧地を移動していました。ちなみに、国産の牛のなかで「和牛」と表示できるのは、「黒毛和種」(霜降りになりやすい)、「日本短角和種」(短角牛)、「褐毛和種」(阿蘇などにいる赤牛)、「無角和種」(黒毛で、全部で200頭ぐらいしか生息していない)の4種類で、それ以外は国産牛という表示になります。短角牛は、江戸時代の南部藩の地域で荷役に使われていた牛(赤べこ)に、明治になってアメリカの肉用種ショートホーンを掛け合わせた牛で、東北地方の伝統牛種ということです。

Written by support on 1月 21st, 2012